
目次
- はじめに
- 任意売却の適用条件の基本
- ケース1:債権者(銀行)が同意しない
- ケース2:共有名義者の合意が得られない
- ケース3:売却価格がオーバーローンをカバーできない
- ケース4:競売手続きが既に開始されている
- ケース5:担保対象外の不動産
- ケース6:その他法律上・技術上の制約
- 任意売却ができないときの代替ステップ
- まとめ
はじめに
住宅ローンの返済が困難になった際の有効な手段として知られる任意売却。しかし、必ずしも全てのケースで適用できるわけではありません。2024年から2025年にかけての最新のデータによると、令和 6 年度(2024 年度)の不動産競売開札件数は11,875 件で、前年度比+1.7%と15 年ぶりに増加に転じました(KBネットワーク『不動産競売の動向2024』)。こうした状況下で任意売却を検討するものの、初期段階で「適用不可」と判断されるケースも少なくないのが実情です。本記事では、任意売却ができない代表的な6つのケースについて、専門家の視点から詳しく解説します。ご自身の状況と照らし合わせ、適切な対応策を検討するための一助となれば幸いです。「任意売却ができない」状況を事前に把握することが重要です。また下記記事も参考にどうぞ。
任意売却の適用条件の基本
任意売却を進めるためには、いくつかの基本的な「任意売却の条件」を満たす必要があります。まず最も重要なのは、債権者(金融機関など)の同意です。債権者が「この条件であれば売却を認める」という合意なしには任意売却は成立しません。次に、売却対象の不動産に担保権が設定されていることが一般的です。住宅ローンを利用している場合、通常はその物件が担保となっています。さらに、不動産が共有名義である場合は、共有者全員の同意が不可欠です。これらの「任意売却 条件」が整って初めて、任意売却の具体的な手続きに進むことができます。これらの条件が一つでも欠けると、任意売却の道は閉ざされてしまう可能性が高まります。
ケース1:債権者(銀行)が同意しない
任意売却を行う上で最も大きなハードルの一つが、債権者である銀行や保証会社からの同意を得ることです。「任意売却において債権者の同意」は、手続きの根幹をなす要素と言えます。
同意取得の流れと拒否される主な理由
通常、任意売却を希望する場合、不動産業者などの専門家を通じて債権者と交渉を開始します。売却価格の査定を行い、その価格で売却した場合の返済計画などを提示し、同意を求めます。
しかし、以下のような理由で債権者が同意しないケースがあります。
- 売却価格が著しく低い場合: 債権者としては、可能な限り多くの債権を回収したいと考えます。ですから提示された売却価格が市場価格や残債務額と比較して著しく低いと判断された場合、同意を得るのは難しくなります。
- 返済計画に無理がある場合: 売却後も残債務が残る場合、その返済計画も重要になります。現実的でない返済計画や、債務者の返済能力に疑問がある場合は、同意が得られにくいです。
- 債務者の非協力的な態度: 債務者が情報開示に協力的でなかったり、連絡が滞ったりする場合、債権者からの信頼を得られず、交渉が難航することがあります。
- 保証人の反対: 連帯保証人がいる場合、保証人の同意も必要となることがあります。保証人が任意売却に反対している場合、債権者も慎重な判断を下す可能性があります。
事例紹介:金融機関が承諾しなかったケース
Aさんは住宅ローンの返済が困難になり、任意売却を検討しました。複数の不動産業者に査定を依頼したものの、提示された査定額はいずれも住宅ローンの残債務を大幅に下回るものでした。それをもって金融機関との交渉で、残債務の圧縮や分割返済についても話し合いましたが、金融機関側は「提示された売却価格では、担保価値に見合わない。競売の方がより多くの回収が見込める可能性がある」と判断し、最終的に任意売却への同意は得られませんでした。
このように、債権者の同意が得られない場合、任意売却の道は閉ざされてしまいます。
ケース2:共有名義者の合意が得られない
不動産が夫婦や親子、兄弟姉妹など複数人の共有名義になっている場合、任意売却を行うためには共有者全員の明確な同意が不可欠です(民法251条1項)。「任意売却 共有名義」の物件では、この合意形成が大きな壁となることがあります。
共有持分物件の合意要件
民法上、共有物を変更(売却など)するには、他の共有者全員の同意を得なければならないと定められています(民法第251条)。つまり、一人でも反対する共有者がいれば、法的に任意売却を進めることはできません。各共有者は自身の持分についてのみ単独で売却することは理論上可能ですが、不動産全体を売却する任意売却においては、全員の足並みが揃う必要があります。
例えば、離婚した元配偶者が共有名義人であり、連絡が取れない、あるいは協力を拒否するといった状況です。また、相続によって共有名義人が多数存在し、その中の一部の連絡先が不明であったり、売却条件に納得しなかったりする場合も、合意形成は極めて困難になります。実際、私どもが関与する現場でもとてもよくある話です。
このように、共有名義者間の人間関係のもつれや、売却条件に対する意見の不一致などが原因で、任意売却が頓挫するケースは少なくありません。事前に共有者間で十分に話し合い、協力を得られる体制を整えることが重要です。
ケース3:売却価格がオーバーローンをカバーできない
任意売却を検討する多くの場合、不動産の売却価格が住宅ローンの残債務(いわゆるオーバーローン状態)を下回ってしまいます。この「任意売却におけるオーバーローン」の状況自体は珍しくありませんが、売却価格と残債務の差額があまりにも大きい場合、債権者の同意を得ることが難しくなり、任意売却ができないケースにつながります。
具体的には、以下のような点が交渉の困難ポイントとなります。
- 債権回収額の著しい減少: 債権者(主に金融機関)は、融資した資金をできる限り回収したいと考えています。提示された売却価格が市場相場からかけ離れて低く、かつ残債務との差額が莫大である場合、債権者は「任意売却に応じるメリットがない」と判断し、同意を拒否することがあります。競売の方がまだマシな回収額になる、あるいは時間的コストをかけても他の手段を模索した方が良いと考えるためです。
- 抵当権抹消のハードル: 任意売却では、売却代金をもって住宅ローンを返済し、抵当権を抹消する必要があります。しかし、売却価格が残債務に遠く及ばない場合、残りの債務をどうするのかという問題が生じます。債権者が大幅な債務免除に応じることは稀であり、現実的な返済計画を示せない限り、抵当権の抹消に応じてもらえず、結果として売却が不可能になります。
- 保証会社の同意: 住宅ローンには保証会社がついていることが一般的です。債務者が返済不能に陥った場合、保証会社が金融機関に代位弁済します。その後、保証会社が債務者に対して求償権を持つことになります。任意売却を進めるには、この保証会社の同意も必要となり、売却価格が低いと保証会社が納得しないケースがあります。
査定額が予想以上に低く、残債務とのギャップが埋められない場合、専門家と相談し、債権者との交渉戦略を練り直す必要があります。
ケース4:競売手続きが既に開始されている
住宅ローンの滞納が長期間続くと、債権者は最終手段として裁判所に競売の申し立てを行います。この競売手続きが既に開始されている場合、「任意売却 競売 移行」のタイミングによっては任意売却が非常に難しくなる、あるいは不可能になるケースがあります。
申し立て後に任意売却が難しくなる法的背景
- 配当要求終期の到達: 競売が申し立てられると、裁判所は他の債権者に対して配当要求を行うよう公告します。つまり「競売を申し立てた人以外で、他に債権者の方がいたら申し出てください」という公告です。この配当要求の終期を過ぎてしまうと、任意売却の交渉が格段に難しくなります。なぜなら、競売による配当を期待している他の債権者との調整が必要になるためです。
- 開札日の直近: 競売には「開札日」という、買い受け希望者が入札した金額を開示し、最高価買受申出人を決定する日が設定されます。この開札日が近づくほど、債権者は競売による売却を優先する傾向が強まります。大半の金融機関は「入札期間開始の2週間前」までを任意売却受付リミットとしており、開札日直前の取り下げは原則不可としています。ですから開札日の数日前など、時間的な猶予がない状況では、任意売却の申し出をしても受け付けてもらえない可能性が高まります。
- 買受人が決定した後: 開札の結果、買受人が決定してしまうと、その買受人の権利が法的に保護されるため、原則として任意売却への切り替えは不可能です。
競売の申し立てがあったとしても、開札日までの期間であれば、債権者との交渉次第で任意売却が認められる可能性は残されています。しかし、時間が経過するほど選択肢は狭まり、交渉の難易度は上がります。住宅ローンの滞納が始まったら、できる限り早い段階で専門家に相談し、任意売却の準備を進めることが、競売を回避するための重要なポイントとなります。
ケース5:担保対象外の不動産
任意売却は、原則として住宅ローンなどの債務の担保となっている不動産を売却する手続きです。そのため、担保権が設定されていない不動産や、そもそも融資の担保として適格性が低い不動産は、「任意売却 対象外」となる可能性があります。
具体的には以下のようなケースが考えられます。
- 無担保の不動産: 住宅ローンとは無関係の、現金で購入した不動産や、相続したものの特に担保設定していない不動産は、特定の債務返済のための任意売却の対象とはなりにくいです。ただし、他の債務整理の一環として売却を検討することはあり得ます。
- 農地(農地法の制限): 農地を売却または転用するには、農業委員会の許可が必要です。実はそもそも不動産の売買において農地は、農地法3条・5条許可や転用制限ゆえに担保評価が低くなります。この農業委員会の許可を得る手続きが煩雑であることや、買い手が限定されることから、金融機関が担保として評価しにくい、あるいは任意売却の対象として難色を示すことがあるのです。
- 再建築不可物件: 現行の建築基準法を満たしておらず、現在の建物を解体した場合に同じ規模の建物を再建築できない土地(接道義務違反など)は、担保価値が著しく低く評価されるため、任意売却が困難な場合があります。
- 市街化調整区域内の一部の物件: 原則として市街化を抑制すべき区域内の物件で、建物の建築や再建築に厳しい制限がある場合、買い手が見つかりにくく、任意売却が難航することがあります。
- 極端に価値の低い不動産: 管理状態が悪く著しく老朽化した建物や、利用価値が極めて低い土地など、売却してもほとんど値がつかないような不動産は、任意売却の手続き費用すら賄えない可能性があり、対象外となることがあります。
これらの不動産の場合、通常の任意売却とは異なるアプローチが必要になることがあります。例えば、農地であれば農家への売却を模索する、再建築不可物件であれば隣地所有者との交渉を試みるなど、個別の状況に応じた対応が求められます。場合によっては、不動産買取業者への売却や、不動産以外の資産整理を検討する必要も出てくるでしょう。
ケース6:その他法律上・技術上の制約
上記以外にも、任意売却を進める上で障害となる法律上・技術上の制約が存在します。これらは専門的な知識が必要となる場合が多く、個人での対応が難しいケースも含まれます。
- 差押え・仮差押え・仮処分: 住宅ローン以外の税金の滞納や他の借金によって、対象不動産に差押えや仮差押え、仮処分などの登記がされている場合、これらの権利関係を整理・解消しなければ任意売却は進められません。特に税金の滞納による差押えは強力で、解除のためには滞納税の全額納付が原則となります。
- 建築基準法違反の物件: 建築後に増改築を行った結果、建ぺい率や容積率がオーバーしている、あるいは接道義務を満たしていないなど、建築基準法に違反している状態の物件は、買主にとってリスクが高く、融資もつきにくいため売却が困難になります。是正工事が必要になる場合もありますが、その費用負担も問題となります。
- 境界未確定: 隣地との境界が確定していない場合、買主は将来的なトラブルを懸念し、購入をためらうことがあります。境界確定には測量が必要となり、時間と費用がかかります。
- 権利関係の複雑な物件: 相続が未了で相続人が多数いる、行方不明の共有者がいる、底地と借地権の関係が複雑であるなど、権利関係が錯綜している物件は、整理に時間がかかり、任意売却の期限内にまとまらない可能性があります。
- 心理的瑕疵・環境的瑕疵の程度が大きい物件: 事件・事故があった物件(心理的瑕疵)や、近隣に騒音・悪臭の発生源がある物件(環境的瑕疵)で、その程度が著しく、買主が見つかりにくい場合も任意売却が難しくなります。
これらの問題は、早期に専門家(弁護士、司法書士、土地家屋調査士、不動産鑑定士など)に相談し、解決の糸口を探ることが重要です。放置してしまうと、任意売却の機会を逸してしまうだけでなく、より不利な状況に陥る可能性もあるため注意が必要です。
任意売却ができないときの代替ステップ

残念ながら任意売却の道が閉ざされてしまった場合でも、まだ取り得る手段は残されています。状況に応じて、以下のような代替ステップを検討しましょう。
- 競売への対応準備: 任意売却が不成立となった場合、多くは競売手続きへと移行します。競売は市場価格よりも安価で売却される傾向があり、残債務が多く残る可能性が高いですが、法的手続きであるため避けることはできません。この段階では、弁護士などの専門家と連携し、競売手続きの流れを正確に把握し、少しでも有利な条件で進められるよう(例えば、引渡時期の交渉など)、あるいは残債務の整理について相談することが重要です。
- リースバックの検討: 自宅を売却した後も住み続けたい場合に有効なのがリースバックです。不動産会社や投資家に自宅を売却し、その後、賃貸契約を結んで家賃を支払いながら住み続ける方法です。売却資金で住宅ローンを完済できる場合に検討できますが、売却価格や家賃設定が市場実勢と比べて妥当か慎重に判断する必要があります。
- リバースモーゲージの検討(主に高齢者向け): 自宅を担保に金融機関から融資を受け、契約者が死亡した際に自宅を売却して借入金を返済する仕組みです。持ち家に住み続けながら老後資金を確保する方法の一つですが、利用には年齢や物件評価額などの条件があります。
- 個人再生や自己破産: どうしても債務の返済が不可能な場合は、法的な債務整理手続きである個人再生や自己破産も視野に入れる必要があります。これらの手続きは、裁判所を介して借金を減額または免除してもらうもので、生活再建の最終手段となります。弁護士に相談し、メリット・デメリットを十分に理解した上で判断することが不可欠です。
いずれのステップを選択するにしても、一人で抱え込まず、できる限り早い段階で弁護士、司法書士、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談することが極めて重要です。専門家はあなたの状況を客観的に分析し、最善の解決策を一緒に見つけてくれます。
まとめ
本記事では、任意売却ができない主な6つのケースについて解説しました。債権者の同意が得られない、共有名義人の合意形成ができない、オーバーローンが著しい、競売手続きが進行しすぎている、物件自体が対象外、その他の法的・技術的制約などが挙げられます。任意売却は有効な手段ですが、決して万能ではありません。ご自身の状況を正確に把握し、もし任意売却ができない可能性が高いと感じたら、早めに専門家へご相談ください。状況に応じた最適な次の一手を一緒に考え、問題解決の糸口を見つけましょう。
