
目次
- はじめに
- なぜ家賃設定が重要なのか? – 空室リスクと収益最大化の鍵
- 家賃設定の基本的な考え方 – 3つの要素と損益分岐点
- 家賃相場の調べ方(実践編)
- 家賃設定ミスの失敗事例(3選) – 他山の石とすべき教訓
- 家賃設定で押さえるべきポイントまとめ – 成功への羅針盤
- まとめ・適正賃料で安定経営を目指しましょう
はじめに
相続や事業承継を機に、貸店舗や貸倉庫といった事業用不動産を所有することになったオーナー様にとって、家賃設定は経営の安定を左右する重要なポイントです。しかし、適切な家賃設定は一筋縄ではいきません。設定金額を誤れば、長期空室による収益機会の損失や、予期せぬテナントトラブルに繋がる可能性も。この記事では、貸店舗・貸倉庫の適正な家賃を設定するための基本的な考え方から、具体的な相場調査方法、陥りがちな失敗事例までを専門的に、そして分かりやすく解説します。不動産経営の第一歩として、また既に行っている方も、ぜひご自身の物件の家賃設定を見直すきっかけとしてご活用ください。ご案内いたしますのは、八王子市で倉庫や店舗物件の賃貸と管理を行っている楽府株式会社の宅地建物取引士です。また下記記事も参考にどうぞ。
なぜ家賃設定が重要なのか? – 空室リスクと収益最大化の鍵
貸店舗や貸倉庫の家賃設定は、不動産経営における最も重要な意思決定の一つです。家賃が適正価格から外れていると、さまざまな問題が生じる可能性があります。
例えば、家賃設定が高すぎると、なかなか借り手が見つからず、長期の空室期間が発生してしまいます。これは、得られるはずだった賃料収入が得られないだけでなく、固定資産税や都市計画税、物件の維持管理費といった経費だけがかさむことになり、キャッシュフローの悪化に直結します。実際に、市場の動向を見誤り、過去のデータや希望的観測に基づいて強気な賃料を設定した結果、1年以上の長期空室に陥ってしまった商業ビルの事例も報告されています 。とはいえこれは相続に難くない問題でしょう。
一方で家賃設定が安すぎるとどうでしょうか。早期にテナントが決まる可能性は高まりますが、本来得られるべき収益を取りこぼしてしまうことになります。さらに深刻なのは、相場よりも著しく安い賃料は、時に質の低いテナントを引き寄せてしまうリスクがある点です 。これは多くの方が思っているよりも深刻な問題です。家賃滞納や近隣トラブル、マナー違反といった問題が発生し、結果として他の優良なテナントの退去を招いたり、物件の評判を下げてしまったりする可能性も否定できません。
このように、不適切な家賃設定は、空室リスクを高め、収益機会を損失し、さらには入居者トラブルを引き起こす原因となり得ます。適正な家賃設定こそが、安定した不動産経営と収益最大化の鍵となるのです。
家賃設定の基本的な考え方 – 3つの要素と損益分岐点

貸店舗や貸倉庫の家賃を設定する際には、大きく分けて3つの要素を考慮し、それらを逆算的に組み合わせていくアプローチが基本となります。それは「周辺相場」「物件のスペック」「想定する業種」です。
周辺相場・物件スペック・想定業種からの逆算
まず「周辺相場」の把握は不可欠です。近隣で類似の物件がどの程度の賃料で募集され、また成約しているのかを調査します。これには、後述する公的なデータベースや民間のポータルサイトが役立ちます。
次に「物件のスペック」です。立地条件(駅からの距離、主要道路へのアクセス、周辺環境)、建物の構造・築年数、広さ、設備(駐車場、空調、電気容量、床荷重など)、視認性、階数(1階路面店か空中階か)などが評価ポイントとなります。これらの要素が周辺の競合物件と比較して優れていれば強気の、劣っていれば調整した賃料設定を検討します。
そして「想定する業種」の収益性も重要な判断材料です。例えば、飲食店、小売店、美容室、クリニック、学習塾、倉庫など、入居を期待するテナントの業種によって、その事業が支払い可能な家賃の上限(家賃負担率)にはある程度の目安があります。つまり「その場所で、その商売が成り立つか」これです。
損益分岐点と家賃比率の重要性
テナント側にとって、家賃は固定費の大きな部分を占めます。事業を継続していくためには、売上から経費を差し引いて利益を出す必要があり、その分岐点となるのが「損益分岐点」です。家賃がこの損益分岐点を圧迫するほど高ければ、テナントは入居をためらうか、入居しても長続きしません。
業種ごとの一般的な「家賃比率」(売上高に占める家賃の割合)を理解しておくことは、オーナーにとっても非常に重要です。
- 飲食業: 一般的に売上の5%〜10%が目安とされます 。10%を超えると利益を圧迫するリスクが高まります 。
- 小売業: 業態により異なりますが、スーパーマーケットで2〜3%、衣料品店で6〜7%など、3%〜8%程度が目安です 。
- 美容室・理容室: 人件費の割合が高いため、家賃比率は5%〜10%以内、理想は5%程度に抑えたいところです 。
- 倉庫業: 一般に倉庫利用企業の「売上高物流コスト比率」は 5 %前後とされ、その中で賃料が占める割合は数 %程度との調査結果があります(日本ロジスティクスシステム協会報告2024より)。物流形態や自社倉庫の有無で大きく変動するためあくまで目安として参照ください。
これらの比率を参考に、想定するテナントがその物件で無理なく事業を継続できる賃料水準はどの程度かを見極める必要があります。例えば、月商200万円を見込める飲食店のテナントであれば、家賃比率10%で月額20万円が上限の目安となります。
このように、周辺相場をベースにしつつ、物件の個別性を加味し、さらに入居テナントの業種特性(支払い能力)を考慮して、適正な賃料を導き出すことが求められます。
家賃相場の調べ方(実践編)

適正な家賃設定の第一歩は、信頼できる情報源から正確な相場を把握することです。ここでは、全国対応の公的ツールから民間のポータルサイト、そして具体的な地域での相場例まで、実践的な調べ方をご紹介します。
公的ツール・データベースの活用
- 一般財団法人日本不動産研究所「店舗賃料トレンド」 東京主要5エリアおよび地方主要8都市の店舗賃料動向を専門的に分析したレポートを年2回公表しています 。1階路面店の賃料を中心に、エリア別・フロア別のトレンド分析や今後の見通しが記載されており、大都市圏の商業地の相場観を掴むのに有用です 。
- 活用ポイント: 主要都市の中心商業地における賃料水準の変動を把握できます 。
商業用ポータルサイトの活用
- 飲食店ドットコム「店舗賃料相場情報」 首都圏・関西圏などの主要エリアで、駅や市区町村ごとの貸店舗(主に飲食店向け)の平均賃料相場(坪単価の平均値・最高値・最低値)を閲覧できます 。直近1年間に掲載された物件データに基づき、賃料分布グラフや過去4年間の推移も確認可能です 。
- 活用ポイント: 飲食店に特化しており、希望エリアの具体的な募集賃料のレンジやトレンドを把握するのに実践的です 。
- at home(アットホーム)事業用 大手不動産ポータルサイトも、事業用物件のセクションで貸店舗や貸倉庫の情報を豊富に掲載しています。エリア、駅、面積、賃料などの条件で検索し、現在募集中の物件の賃料水準を広範囲に確認できます。
- アットホームラボ「貸店舗 賃料動向レポート」: アットホームが保有するデータに基づき、主要都市の貸店舗の募集賃料動向を定期的に分析・公表しています 。50坪以下の貸店舗を対象に、飲食店可否、階数別などで坪単価の中央値が示されています 。
- 活用ポイント: 現在募集中の物件を多数比較することで、リアルタイムに近い相場感を養えます。絞り込み検索で類似物件の賃料を確認しましょう。
- イーソーコ.com(倉庫物件ポータルサイト) 全国の貸し倉庫物件情報を網羅した専門サイトです 。各物件の詳細情報(月額賃料、坪単価、面積、用途区分など)が掲載されており、貸倉庫の賃料査定には欠かせない情報源となります 。過去には、同サイトのデータをもとに「賃貸倉庫の賃料相場表」も公表されています 。
- 活用ポイント: 倉庫に特化しているため、立地や規模、設備に応じたニッチな相場も把握しやすいです 。
八王子・日野・府中の相場例(2024-2025年時点の目安)※2025年5月時点の募集データを基に作成
参考として、具体的なエリアの賃料相場(坪単価・月額)の目安をご紹介します。ただし、これらは募集賃料ベースのデータも多く、実際の成約賃料とは異なる場合がある点、また個々の物件の特性(駅距離、築年数、設備、階数など)によって大きく変動する点にご留意ください。具体的には駅徒歩・築年数・設備により±30 %程度の開きがあります。
- 飲食店向け貸店舗
- 八王子市: 小規模(〜30坪)で12,000円〜15,000円/坪程度、中規模(〜100坪)で10,000円〜12,000円/坪程度 。八王子駅周辺の繁華街では坪単価2万円前後の募集も見られます 。
- 日野市: 小規模で13,000円〜15,000円/坪程度、中規模で10,000円〜13,000円/坪程度 。
- 府中市: 3市の中では比較的高く、小規模で14,000円〜17,000円/坪程度、中規模で11,000円〜13,000円/坪程度 。
- 物販向け貸店舗
- 八王子市: 小規模で10,000円〜12,000円/坪程度、中規模で9,000円〜11,000円/坪程度 。
- 日野市: 小規模で11,000円〜13,000円/坪程度、中規模で9,000円〜11,000円/坪程度 。
- 府中市: 小規模で12,000円〜14,000円/坪程度、中規模で10,000円〜12,000円/坪程度 。
- 一般的に、飲食店可能物件と比較して、飲食不可の物販店向け物件は若干割安になる傾向があります 。
- 貸倉庫
- 八王子市: 小規模(〜30坪)で5,000円〜7,000円/坪程度、中規模(〜100坪)で4,000円〜7,000円/坪程度、大規模(100坪超)で3,000円〜5,000円/坪程度 。
- 日野市: 小規模で5,000円〜7,000円/坪程度、中規模で4,000円〜6,000円/坪程度、大規模で2,500円〜4,500円/坪程度 。
- 府中市: 小規模で6,000円〜8,000円/坪程度、中規模で5,000円〜7,000円/坪程度、大規模で3,000円〜6,000円/坪程度 。
- 倉庫物件は店舗物件と比較して坪単価が大幅に安く、規模が大きいほど単価が下がる傾向が顕著です 。
これらのツールや相場例を参考に、多角的な視点からご自身の物件の適正賃料を探ってみてください。
家賃設定ミスの失敗事例(3選) – 他山の石とすべき教訓
適正な家賃設定がいかに重要であるかは、過去の失敗事例から学ぶことができます。ここでは、貸店舗・貸倉庫のオーナーが陥りがちな家賃設定のミスと、それが招いた結果について、弊社が実在オーナーへのヒアリングを行った、代表的な3つのケースをご紹介します。
ケース1:強気すぎる賃料設定で長期空室に
最もよくある失敗が、周辺相場や物件の客観的な価値を見誤り、高すぎる家賃を設定してしまうケースです 。本当によくあります。特に好調な時期を経験したオーナーにありがちなミスです。
ある商業ビルのオーナーは、数年前の古いデータや「隣のビルはこれくらいだから」といった安易な比較だけで賃料を決定。しかし、その間に景気は変動し、周辺エリアの賃料相場も変化していました。結果、市場の実勢とかけ離れた高値の募集となり、内見の問い合わせすらほとんどないまま、16ヶ月もの長期間テナントが決まらなかったという事例があります 。この間、賃料収入はゼロであるにもかかわらず、固定資産税や維持管理費は発生し続け、オーナーの経済的負担は増すばかりでした。
教訓: 家賃はオーナーの希望額ではなく、市場の需要と供給のバランスで決まります。定期的な市場調査を怠らず、客観的なデータに基づいて賃料を設定することが極めて重要です。
ケース2:安すぎる賃料が招いたトラブルテナントの入居
空室を早期に解消したいという焦りから、相場よりも大幅に安い賃料を設定することも、別の問題を引き起こす可能性があります。
ある貸店舗のオーナーは、空室が続くことに悩み、思い切って賃料を大幅に引き下げました。その結果、すぐにテナントは決まったものの、入居したのは残念ながらマナーが悪く、近隣店舗と頻繁にトラブルを起こしたり、家賃を滞納したりするようなテナントでした 。極端に安い家賃は、時に支払い能力やモラルに問題のある層を引き寄せてしまうリスクがあるのです。このようなテナントが入居すると、他の優良テナントの退去を招いたり、物件全体の評判を落としたりする可能性もあり、短期的な空室解消が長期的な損失につながることもあります 。
教訓: 安易な値下げは、物件の価値やブランドイメージを損なう可能性があります。適正な審査基準を設け、賃料だけでなく入居希望者の属性もしっかりと見極めることが大切です。
ケース3:原状回復・内装トラブルによる空室長期化
貸店舗や貸倉庫の場合、物件の内装状態や引き渡し条件もテナント付けに大きく影響します。
例えば、ある飲食店跡の貸店舗は、前テナントが40年間使用した内装や設備、汚れがそのままの状態で放置されていました 。オーナーは預かった保証金の一部しか原状回復費用に充てず、「居抜き」として次のテナントを募集しましたが、同業種の飲食店希望者以外にとっては、既存の内装の解体・撤去費用が莫大な負担となります。結果として、新たな借り手は高額な初期費用を嫌って敬遠し、3年以上も空室が続いたというケースがあります 。
教訓: 特に業種転換が見込まれる場合、スケルトン渡し(内装をすべて解体し、建物の躯体だけの状態にすること)にするか、あるいはターゲット業種に合わせた改装を施すなど、市場のニーズに合わせた内装条件を整えることが重要です。原状回復の範囲や費用負担については、賃貸借契約時に明確に定めておく必要もあります。
いかがだったでしょうか。我々不動産の世界にいる人間には「あるある」な事例ですが、オーナー様の陥りがちな心理とそこに潜む罠が透けて見えるのではないでしょうか。これらの失敗事例は、いずれも他人事ではありません。家賃設定の際には、これらの教訓を活かし、慎重な判断を心がけましょう。
家賃設定で押さえるべきポイントまとめ – 成功への羅針盤

さて、これまで見てきたように、貸店舗・貸倉庫の家賃設定は、多角的な視点と綿密な分析に基づいて行う必要があります。最後に、適正な賃料を導き出し、安定した不動産経営を実現するために押さえておくべき重要なポイントをまとめます。
① 相場+スペック調整+業種の損益バランス
家賃設定の基本は、まず周辺の賃料相場を正確に把握することです。その上で、ご自身の物件が持つ独自の強みや弱み(物件スペック)を客観的に評価し、相場に対してプラスまたはマイナスの調整を加えます。駅からの距離、建物の新しさ、設備の充実度、視認性、駐車場の有無などが主な調整要素となります。
さらに、想定するテナントの業種が、その賃料で事業を継続し、適正な利益を上げられるか(損益分岐点と家賃比率)を考慮することが不可欠です 。飲食業なら売上の約10%以内、小売業なら3〜8%など、業種ごとの目安となる家賃比率を参考に、テナントが無理なく支払える賃料水準を見極めましょう 。
② 成約事例と「貸すターゲット像」からの逆算
募集中の賃料だけでなく、実際にどのような条件で成約に至ったのかという事例を収集・分析することも重要です。これにより、市場が実際に受け入れている賃料水準をより正確に把握できます。
また、「どのようなテナントに貸したいのか」という明確なターゲット像を持つことも、適切な家賃設定に繋がります。例えば、地域密着型の個人経営の店舗を誘致したいのか、あるいは資本力のあるチェーン店を誘致したいのかによって、訴求すべき物件の魅力や、設定すべき賃料レンジも変わってきます。ターゲットとするテナントが魅力を感じ、かつ事業採算が合う賃料はいくらか、という視点から逆算して考えることも有効です。
③ 必ず複数データソースを活用し、客観性を保つ
家賃相場の調査は、一つの情報源に頼るのではなく、必ず複数のデータソースを活用しましょう。それぞれの情報源には特徴と得意分野があります 。
複数の情報を比較検討することで、より客観的で信頼性の高い相場観を養うことができます。特定の情報に偏ったり、個人的な希望的観測で判断したりすることを避け、常にデータに基づいた冷静な判断を心がけることが、家賃設定の成功の鍵となります。
これらのポイントを押さえ、丁寧な調査と分析を行うことで、きっとご自身の物件に最適な賃料設定が見えてくるはずです。
まとめ・適正賃料で安定経営を目指しましょう
貸店舗・貸倉庫の家賃設定は、単に収益を決定づけるだけでなく、物件の価値を維持し、優良なテナントとの長期的な関係を築くための重要なステップです。本記事で解説したように、適正な賃料は、客観的な市場データ(周辺相場や成約事例)の分析と、物件の個別性(スペック)、そして最も重要な「どのようなテナントに、どのような事業を営んでもらいたいか」というターゲット分析から導き出されるものです。
感覚や過去の経験だけに頼るのではなく、複数の情報源を活用し、論理的に賃料を検討することで、空室リスクを低減し、安定した不動産経営へと繋げることができます。
もし、「自物件の適正賃料が分からない」「専門家の意見を聞きたい」とお考えのオーナー様がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。
楽府株式会社では、不動産の専門家として、オーナー様一人ひとりの状況に合わせた無料相談や、市場調査に基づいた賃料査定レポートの作成などを承っております。
詳細やお問い合わせは、弊社ウェブサイトをご覧いただくか、お気軽にお電話やラインなどでお寄せください。皆様の不動産経営が成功裡に進むよう、全力でサポートさせていただきます。
