不動産

【不動産コラム】高齢者と賃貸住宅

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高齢者と賃貸住宅の厳しい現実

 現在、地域において取り組みが必要な課題のひとつとして、国民の少子高齢化に伴う高齢者の住宅の不足問題が挙げられる。内閣府の「高齢社会白書」(令和5年版)をみると、高齢者の12.6%は自分の所有物件ではないところに暮らしており、その内およそ20%は一人暮らしである。

内閣府「高齢化白書」

 全国宅地建物取引業協会連合会が2018年に傘下の宅建業者へのアンケートを行い、私自身も回答者となったが、その結果を見ると「高齢者の民間賃貸住宅への入居斡旋」について、「積極的に行っている」と答えたのは7.6%にしかすぎず、56.1%が「高齢者の世帯の諸状況により判断している」と答え、36.3%は「消極的」「行っていない」と回答した。実際に電話口で「今回ご紹介したいお客様が高齢者です」といった時点で断られることが多く、好条件な保証人の話にも行きつかないことが多々ある。このように入居先探しにとても苦労するものである。

問題の原因

 では一体なぜ高齢者の民間賃貸住宅への入居に対して前向きでないのだろうか。同調査では87.8%で「孤独死のリスク」、ついで「意思能力喪失のリスク」が73.2%によると回答している。高齢者は体調が悪くなった時に、すぐ病院に行くことができれば良いが、経済的な理由や足がないといった理由により「病院までいかなくても大丈夫」と判断される方が多い。またそもそも体調が悪い自覚がなく突然、身体が限界を迎え、誰にも気づかれずにリビングの床で亡くなってしまうこともある。不動産所有者の多くはこのように自分の物件で孤独死が発生してしまうことに対しての心理的な障壁を感じており、管理実務を行う不動産業者に対して高齢者の入居NGを出しているのである。

次に多くの不動産業者が理由として挙げた「意思能力喪失のリスク」である。意思能力とは行為の結果を判断する能力のことである。例えば「これを買います」と意思表示する行為が、その物を手に入れる権利と同時に代価を払う義務も負うという結果を招くものであるが、この過程が理解できないのであればそれは意思能力を喪失しているということである。

民法では「意思能力を有しない者がした契約は無効(第三条の二)」と定められていること、そして「意思能力を有しない者(や成年被後見人等)への意思表示は受領能力がないため(その意思表示では)対抗できない(第九十八条の二)」ということが問題となる。例えば、入居時には意思能力を有しており頭も元気であったが、入居期間中に認知症を患うようになり、家賃滞納が続くようになったというようなケースである。このような場合、不動産所有者としては賃貸借契約の終了の手続きを取っていくことになる。したがって「もう契約は更新しません」なり「契約は解除します」なりの意思表示を入居者に対して通知する必要がある。しかし入居者に意思能力がない場合、たとえ賃借人が「うん(わかりました、出ていきます)」と意思表示をしたとしても無効となるし、そもそも契約解除の通知を受領する能力もないので、不動産所有者からの通知は賃貸借契約の更新拒絶や解除の要件を満たさないこととなる。この場合、連帯保証人がいれば連帯保証人に、いないのであれば、代理人(成年後見人等)を探して通知をしていくという流れが本来になるわけだが、この手続きに手間とお金がかかるうえに、機会損失が大きくなる。もちろん「認知症になった」という事実だけで賃貸借契約の解除ができるものではない。よってそもそも高齢者への賃貸を避けようという判断になるのである。かくして持ち家を所有しない高齢者は家探しに苦労している。

解決策としての地域の取り組み

 上述のような問題を解決するため、地域レベルでは次のようなプレーヤーが市場での取り組みを行っている。


(1)地方公共団体
 地方公共団体による最もメジャーな取り組みは公営住宅である。例えば東京都では約25万戸の公営住宅を用意している。入居は抽選によるが、高齢者は優遇抽選倍率7倍で当選する。ただ公営住宅に限らず不動産は立地が重要であるため、駅や買い物施設が近い公営住宅は人気で空きがなく、応募が殺到するため、7倍の優遇抽選倍率だとしても当選は難しい。また優先抽選倍率が高いのは高齢者だけではなく、小さな子供がいる世帯(同7倍)、ひとり親世帯(同7倍)等もあるため、決して高齢者だからすぐ入居できるというわけではない。

家賃補助の制度も重要な取り組みである。公営住宅が厳しい条件や抽選による入居であるため、希望者には民間の賃貸住宅を借りてもらい、その家賃を地方公共団体によって補助するものである。例えば私の住む八王子市では国の事業である「セーフティネット住宅」の取り組みの一環として、高齢者を住宅確保要配慮者として位置づけ、彼らのための賃貸住宅として登録をうけた住宅に入居するのであれば、最大4万円の家賃補助を受けられる仕組みを作っている。仮に本来8万円の住宅を借りるのであれば4万円は家賃補助を受け、入居者は実質4万円の負担で入居できる。しかしこの制度は民間の賃貸住宅を活用するため、大家と不動産管理業者の高齢者入居に対する理解が前提となる。上記公営住宅と同じように、住宅確保要配慮者には高齢者だけではなく、子供をもつひとり親や、障害者も含むため、誰を入居させるのか大家の裁量に委ねられる部分が大きい。

また自治体によっては見守りへの補助も行っている。賃貸住宅の最大のリスクと考えられてしまっているのが孤独死であるが、それを防ぐために見た目は電球であるが24時間を超えて照明が操作されなかったら、親族やケアマネジャー、追加オプションのヤマト運輸のドライバーなどの登録先に自動的にメールの通知が行き、安否確認を行うシステムがある。日野市ではこのシステム導入費用(機器代金と初期費用)上限2万円を補助している。月々でも最安で450円程度の利用料で済むため、大きな負担とはならない。

(2)民間事業者
地域の宅建事業者と各地域の居住支援協議会は、高齢者のための住宅相談会を開催している。これは「どうせ無駄だから…」とあきらめてしまいがちな高齢者の、相談への敷居を下げることで、上述のような制度があることを理解してもらうために存在している。相談に来られる方は「ドクターストップがかかったので働けなくなり家賃が払えなくなったので引っ越したい」「長年住んでいたが、大家が家賃を上げるので引っ越したい」「子と折り合いが悪くなり、別居するため引っ越したい」等々の事情である。高齢のお引越しは病気や家族トラブル等のネガティブな事情がトリガーになることが多く、プライドもあるため相談すること自体にも抵抗がある方が多い。しかし現場で見ていると、それ自体は特別なことではなく、多くの高齢者が経験することである。また門戸自体は開かれており、協力的な民間事業者も存在している。よって今後はいかに情報を周知させるかが課題である。

また地域では民間事業者による見守り協定事業も存在している。郵便や乳飲料等の定期的に配達や訪問等を行う事業者が異変を感じた際に自治体に通報することになっており、例えば八王子市では市内46の事業者が提携を結んでいる。令和5年10月6日に八王子市福祉部福祉政策課へ行った聞き取りによるとその実績は、平成25年度16件、平成26年度18件、平成27年度26件、平成28年度14件、平成29年度25件、平成30年度20件、令和元年度20件、令和2年度6件である。多くは転居や入院などによる自宅が不在となっているための安否確認であったものの、一方では体調不良のため救急搬送に繋げた事例もあったとのことである。こちらはまだまだ全国的に展開している企業との提携がほとんどで、地場の業者との提携が進んでいないことから、より周知が必要となろう。

【参考資料】
厚生労働省『高齢者の民間賃貸住宅の受入れに関する実態調査』https://www.mhlw.go.jp/content/12201000/000656706.pdf
国土交通省『高齢者向け住宅』https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk7_000015.html
東京都住宅政策本部https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/toei_online/
八王子市見守り協定事業https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kurashi/welfare/ab005/ab003/p003730.html
ハローライト https://hellolight.jp/
『Do!ソシオロジー』友枝敏雄・山田真茂留(編)、有斐閣アルマ(2007年)
『社会の思考』三上剛史、学文社(2010年)
『ネオリベラリズム都市と社会格差』城所 哲夫、瀬田 史彦 (編著) 、東信堂(2021年)

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